「鮭と熊」になりきる練習!? 知られざるアイスホッケーの世界とは!?

今回お話を伺ったのは、太田プロダクション所属のお笑いコンビ「六六三六」の柴田さん。北海道出身であり、14年間もアイスホッケーをしていたという、ステージの上では滑り知らずの柴田さんが教えてくれた「知られざるホッケーの世界」とは!?

過酷なスポーツなんです

小学生の頃からアイスホッケーをしていた柴田さん。出身は、北海道は札幌の手稲。雪国らしく、子供の頃からホッケーをやらせてくれる土壌があったという。中学校ではクラブチーム、そこから高校、大学とアイスホッケーに明け暮れた。現役時代は、体重が80キロもあった。まず10キロを走った後で学校へ行き、授業が終わってからはまた10キロ走り、筋トレをして、短距離走もこなし、また最後に10キロ走って終わるというキツい練習を毎日のようにこなしていた。

「鮭」

体育会系の部活にありがちな伝統と言えば、先輩たちからの理不尽な「しごき」だが、柴田さんもその洗礼を受けたひとり。柴田さんが通っていた学校のアイスホッケー部には、とある変わった「伝統」があったのだそう。 いつもランニングで使っている河川敷を、普段通り走っていた部員たち。そこはすごく浅い川だったそうなのだが、ある時、上級生たちが集合し「じゃあ、今日はあれやるか」とざわめき始めた。「何だろう」と当然怖がった柴田さんたち。すると3年生は「じゃあ今日は鮭やるわ。鮭」とにやにやしながら言い出した。

1年生は、とりあえず裸になって一旦川行け」と急かされ、言う通りに服を脱いで川に向かうと、なんと、その川を泳がされることになったのだという。「鮭になりきって卵を産みに行け」、つまりは、流れに逆らって川を泳げという先輩からの命令。後輩としては当然逆らえず、言われた通りに泳ぐのだが、川が浅い為、すぐに底にぶつかってしまい体中が血だらけになる。そして、一番速かった者には、ご褒美として飴が手渡されるのだそう。「飴なんかいらねえよ」と思わずにはいられなかった柴田さんだったが、実際に1位になって貰った飴は、とても甘く、いつもよりも遥かに美味しく感じたそうだ。

「熊」

北海道ならではのネーミングなのか、他にも「伝統的な」練習として「」というメニューがあったという。丸太を担いで登山道を走り、頂上に向かう。すると上級生が「お前たちは登山道じゃなくてこっちから帰れ」と指示をし、下級生である柴田さんたちは、獣道さえもない道なき道を走って帰らされる。そして、道中で先輩を見付けたら「ああ!」という声を共に、その先輩の前に走って出て行かなければならないのだそう。文字通り「熊」になりきる。すると先輩は、近付いてきた後輩をビンタする。後輩は「すみませんでした」と謝って、また山道に戻るのだとか。熊は熊でも、気の弱い熊を演じなければならないのだ。ちなみに、先輩たちによる理不尽なしごきを受け、同級生同士の横の繋がりは強くなったそうなのだが、それでもやはり、無意味な悪習であることに変わりはなく、柴田さんたちは、自分たちが最上級生になったタイミングで、それらの練習を全て廃止したそうだ。